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Shingeki no Kyojin

©2015 映画「進撃の巨人」製作委員会

©諫山創/講談社

8月1日に前編、9月19日に後編と、連続ロードショーによる公開となった映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』は、全世界累計発行部数5,000万部を誇る大ヒット漫画、『進撃の巨人』(原作:諫山創氏)を樋口真嗣監督が実写化した大作です。

今回は、音声/録音を担当した中村淳氏と、音響効果を担当した柴崎憲治氏のお二人に、この作品のサウンド・プロダクションに関する話を伺いました。

イントロダクション

原作とは異なる設定によるストーリー展開、豪華キャスト、軍艦島でのロケ、迫力のある特撮/CG合成シーンなど、見どころも豊富な2015年最大の話題作である『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』では、最新テクノロジーを駆使した特撮(SFX)とCG(VFX)の融合による映像に加え、日本屈指のサウンド・デザイナーたちによる、独特の世界観を表現した素晴らしいサウンドも堪能することができます。

実際の内容に入る前に、インタビュー中に出てくるいくつかの用語について解説しておきましょう。

ダイアログ(音声):人が話す会話やセリフです。「音声」には大別して次の2種類があります。映画の「ストーリー」を語る重要な要素です。

● 現場収録音声:スタジオやロケを行っている撮影現場で収録された音声です。

● アフレコ音声:「アフレコ」は、現場収録音声をそのまま使用できない場合に、後日、撮影した映像を見ながら、演者がそのセリフをスタジオで再収録した音声です。海外では、この作業をADR(Automated Dialogue Replacement)と呼びます。現場収録音声よりも、クリアなサウンドで収録できるという利点もありますが、背景音と自然に馴染ませるミックス技術や演者の口の動きとどの程度合わせるか(リップ・シンク)といった演出上の判断や編集上のテクニックなども要求されます。

音響効果(効果音):音声と音楽以外の全てのサウンドで、下記の2種類があります。アクション・シーンでの効果音は、映画に「迫力や昂揚感」を加える重要な要素の一つです。

● サウンド・エフェクト(SE):現場収録の音を加工したり、サウンド・ライブラリーなどのサウンドを使って作った効果音を「SE」と呼びます。

● フォーリー:映画では、スタジオ内で「生音」を収録した効果音をフォーリーと呼び、その他のSEと区別ししています。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』では、立体起動装置のワイヤー音や巨人の足音などが、フォーリーされた音を元に、その他のエフェクトや処理も施された上で制作されています。

背景音:人の声(群衆)によるものと、その他の背景音の2つがあります。映画の「空気感」を演出します。

● ガヤ:人の声による背景音を「ガヤ」と呼びます。通常は、そのセリフが明確に聞き取れるようには処理されませんが、演出上、内容を聞き取れるように処理されるものは「粒立ちのガヤ」などと呼ばれます。

● バックグラウンド:その場面の「空気」としてアンビエンス的に背景で鳴っている音をバックグラウンド(サウンド)と呼びます。こちらは音響効果が担当するのが一般的です。

実際の映画では、音声担当が作成する「ガヤ」と音響効果担当が作る「バックグラウンド」がミックスされ、一つの「背景音」として使われる場合が多くなっています。

上記の「音」要素に「音楽」が加わることによって、映画全体の「サウンド」が構成されていますが、今回のインタビューでは、上記で解説した2つの分野(音声と音響効果)の日本のエキスパートに、それぞれお話を伺っています。

ではインタビュー本編を、じっくりお楽しみください!

『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』サウンドの秘密〜録音/音声編

映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』の音声は、日本映画界を代表する録音技師、中村淳さんが担当しました。

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中村さんは、『風に立つライオン』、『極道大戦争』、『神さまの言うとおり』、『突入せよ!あさま山荘事件』、『日本沈没』、『あしたのジョー』、『十三人の刺客』、『愛と誠』、『悪の教典』など、数多くの映画で録音/ミックスを手がけています。

——— 中村さんがこの世界に入ったきっかけとは、どのようなものだったのでしょう?

中村氏 もともとは録音技術専門学院、今の音響芸術専門学校に入ったときは、音楽エンジニアの方を志していたんですよ。単なる憧れ的なものでしたけどね。ただ、やっているうちに音楽は無理かなと思うようになって、それは技術的なことというより、嗜好性によるもので、そのときは自分の好きな音楽というのが強くあったので、エンジニアになってなんでもやらなきゃいけないとなるとつらいかなと……。そうやって迷っているうちに、何となく面接を受けに行った会社、それが映画の仕事をやっていた会社だったのですが、そこから「この間、面接受けたけど、来るの? 来ないの?」みたいな連絡がきて、「じゃあ、様子見がてらに今日お邪魔します」ということで、まずは見学のつもりで行ったら そこでいきなり映画のダビングの仕事を手伝うことになって、そのままズルズルと始めちゃった感じですかね。それが1975年かな、そこに大体6年くらいいて、現場6割、仕上げ4割という感じでいろいろと経験させてもらって、その後、CMの仕事とかも経て、フリーランスの状態で日活の助手なんかをやらしてもらっていました。1989年に角川映画『天と地と』で録音を担当した瀬川徹夫さんの助手をやっていた時に、『マドンナのごとく』という1990年の映画で録音技師を探しているっていう話になり、瀬川さんが自分のことを推薦してくれて、それが自分にとっての技師としての最初の作品ということになりますね。モノラル録音の作品でした。そこからは順調というわけでもないですけど、幸いなことにいろいろと仕事はやらせてもらっていますね。

現場収録での工夫 〜 Pro Tools収録システムの先駆者

中村さんは、Pro Toolsのバージョンが2.5(!)だったときからのユーザーで、現場にPro Toolsを持ち込み、直接音声収録を行った先駆者でもあります。

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Pro Tools現場音声収録システム現在形

以前、ICONで紹介されたときのシステムはPro Tools|HD Accelでしたが、

現在はPro Tools|HDXへとアップグレードされています。

『進撃の巨人』の前に制作された『風に立つライオン』では、

このシステムで現場収録された音声データが数多く使われています。

中村氏 こういったシステムを考えたそもそものきっかけは、映画の場合、モノラル収録が多かったので、まずはステレオ現場収録しようみたいなところから始まっています。それが発展したのが今のシステムですね。『風に立つライオン』では、カメラの上に5チャンネルのマイクを立てておいて、他にもL−C−Rの並びの3Tの形で3本のマイクを常に出しておいて、現場の動きに応じてステレオで収録するとか、サラウンドで後ろの音も必要なら、そういう形で録るといった事をやっています。そういう風に色々な形で録っておくことで、映像編集時シーンに合った形の音源ソースを選択することにも役立ちます。

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収録に使われるマイク群

オーディオ・データは、ローランド Digital Snake(写真右下)を使って伝送されます。

中村氏 以前はアナログ・ケーブルを使っていたのですが、それだとケーブルの数が多くなりすぎるし、それと、ある映画のロケで、雨の中でズーっとやっていたら、ケーブルが土の中に埋もれたりしてノイズが乗って大変だったのと、結局、その時にケーブルがほとんど全滅状態になってしまったんです。

そういうこともあったので、ローランドがこのDigital Snakeをリリースするという話を聞いて、すぐに導入しました。アナログ段は、マイクからすぐにマイクプリに接続して、その先は、このDigital Snakeで延長するようになっています。最終的にデータは、MADIに変換してPro Tools|HDXに収録されるようになりますので、オーディオ・インターフェイスもHD MADIに変えて、ラックの裏のケーブルも大分スッキリしましたね。

このPro Tools収録システムには、電源が必要ですから、それが難しい場所の時は、Sound Devices 788などのフィールド・レコーダーも使いますが、ジェネレーターで電源もらってPro Toolsでやることもありますよ。当初は、「録音部が音を出してどうすんだ?」とか言われたりもしましたけど、デジタルでやるようになってから収録現場から離れたところに設置できるようにもなりましたからね。間にハブを2個入れて、300メーターくらい離れてやっていたときもありますよ。

セリフ処理 〜 アフレコに加える現場の空気感

——— 今回の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』の録音を担当するようになったきっかけは、どのようなものでしょうか?

中村氏 それはやはり樋口監督といろいろお仕事をさせてもらっているので、その関係からですね。ただ、今回はスケジュールの関係もあったので、自分一人でなく、『日本沈没』でチーフとしてやってもらっていた田中博信君と二人でやっています。

——— 中村さんの役割としてはどういったものだったのでしょうか?

中村氏 役者さんのセリフ全部の収録/整音/編集とダビングのときの音楽とのミックス・バランスです。巨人の声は、音響効果の柴崎さんが担当することになったのですが、そちらでも人の声を使っていますので、アフレコした素材を渡して、後の処理は柴崎さんの方でやっています。

——— この作品の独特な世界観のイメージの具現化で、心がけた事はありますか?

中村氏 樋口監督の場合は、絵コンテがきっちり作られてくるので、そこでイメージもできるのですが、ただ自分の場合は、まず出てくる役者さんたちの声を技術的にきちんと録るということに注意していましたね。

——— 今回のセリフはほとんどがアフレコだったとお聞きしていますが?

中村氏 はい、そうです。軍艦島のロケにも行きましたが、そこで収録した音声は使っていません。映像編集があるので、そのガイド・トラックという意味で、一応音声自体は録音しますが、それらを本編で使うことはなく、すべてスタジオでのアフレコです。ただ、後編には部屋の中のシーンも登場しますので、そういうところは現場で収録したセリフも使っていますよ。

——— アフレコがメインになった理由は何だったのでしょう?

中村氏 アフレコにする理由は、一般には大きく二つあって、ひとつが現場で音を録れる環境じゃない場合、例えばノイズが多いとかですが、あとひとつは演技上の理由ですね。

今回の場合は、やはり主に録音環境的なもので、アクション・シーンなどの場面では、マイクを適切な位置に立てにくいのと、扇風機だとかの回りのノイズが大きくてクリーンな音で録れないという状況でしたからね。ただ、現場の音声を使った幾つかの場面の中でも、役者さんの方から違うニュアンスで演技しなおしたいとか、そういう理由でアフレコしているところもありますよ。

——— アフレコは、どこで、どのように行われたのでしょうか?

中村氏 東宝スタジオです。アフレコというと、やはり日本だとアニメのイメージですが、アニメの場合はその場面の役者さんがスタジオに複数集まって、その場で芝居を作っていくケースが多いと思うのですが、実写の場合は芝居自体は終わっているので、役者さんが一人ずつ入って、自分のセリフを現場での演技に合わせて録って行くという形になります。

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東宝スタジオ・アフレコ・ステージ

出典:tohostudio.jp

——— アフレコ時のマイク・セッティングは、どのようになるのでしょうか?

中村氏 今回の場合は、それぞれの場面で、どのような音のニュアンスが欲しいかいろいろなパターンが考えられたので、1つのセリフを複数チャンネルで録音しています。具体的には、現場のセリフの合間で使うケースも想定して、ワイヤレスも付けて、ガン・マイクのSENNHEISER MKH416も出すけれども、NEUMANN U-87もオン・マイクで録り、さらに離れたところに、もう一本416を立て、さらにアフレコ・ルームのモニターのちょっと後ろくらいから、マイク三本を3Tの形で出してアンビエンス的に録るといったこともやっています。今回の場合、アフレコの録音作業自体は、一緒にやった田中君の方が担当してくれています。

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複数マイクで収録された登場人物別のアフレコ・トラック

それぞれのトラック・カラーが付いているのが本編で使われたクリップ、

グレーはミュートされている部分です。

中村氏 このロールでは、エレンとミカサのアフレコは、4トラック(ピン/426/87/3Tの各マイク)、アルミンは5トラックで録っています。それぞれの場面での映像の雰囲気や音楽などとのミックス・バランスに合わせて、特定のトラックのみを使ったり、アンビエンス(それぞれの一番下のトラック)と混ぜたりといった使い方をしています。

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——— このトラックの切り替えは、場面に応じて行われているということなのですね?

中村氏 そうですね。例えば最初に大型の巨人がドーンと出てくるところでは、いろいろな音が鳴っていますが、主人公たちの驚く声なども入っているわけです。そういう場面は、人間というのは小さく映っているわけなので、音声の方もその画面の広さを感じてもらうために、わざとセンター定位を外したりといったことも必要になります。また、寄りのときは通常、センターからセリフを出していますが、そこからその役者が急に端の方に移動するような場面では、音もそちらに動かすといったことも必要になる場合があります。そういった場面などでも、モノで録った素材をパンで動かすより、このマルチ・マイクで録った素材の中で、そういった定位にある部分へ切り替えて使った方が、自然というか、リアルな感じになってくれますね。

——— その辺は、アフレコを行う役者さんが映像をみながら立ち位置を変えてセリフを言うみたいなこともやったりするのでしょうか?

中村氏 いえ、それはやっていませんね。アフレコ収録は、普通にマイクに向かって行いますので、その中からどのマイク素材を使うか、どういう定位にするかは、すべて整音/編集段階での作業になります。

——— アフレコのリップ・シンクを合わせる作業はどのように行ったのでしょう?

中村氏 今回の場合は、ある程度編集して合わせるといったことはやっていますが、SyncroArts VocALignのような専用ツールを使って、現場で収録したガイド音声にピッタリ合わせるといったところまではやっていません。この辺の判断は難しいところもありますが、アフレコする理由のひとつとして、現場で収録しているセリフのニュアンスと違ったものを出したいということもあるわけです。その場合、元のガイド・トラックにピッタリ合わせると、セリフとして逆に違和感が出てしまったりすることもあるんですね。ですので、芝居のニュアンスを崩さない範囲で、リップが合っているように見えるベスト・ポイントを探りながら手作業でやっています。

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「進撃の巨人」前編の冒頭部分の音声トラック・セッション

「AMOエレン」というトラックより上のミニ・サイズでグレイアウト(再生無効状態)表示されている13トラックが、現場で収録された音声です。

これらは本編では使われず、映像/音声編集時のガイド・トラックとして利用されました。映像はQuick TimeデータとしてPro Tools内に取り込まれています。

中村氏 実際には、本当に現場で録った音だけだと、ここまでのトラック数にはならないのですが、後からアフレコした音声も映像編集側で収録されていて、それもそのまま映像データと一緒にPro Tools内に取り込まれているので、結果としてこれくらいのガイド・トラック数表示になっています。

——— アフレコを行ったセリフ以外の背景音は、現場で収録した音になりますか?

中村氏 いわゆるガヤに関してはそうですね。ただ、メインのセリフはアフレコしているので、現場の同録箇所が出ないよう場面を選んでつないだりもしています。

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ガヤ(背景音)のトラック

雑踏の場面のアンビエンス的な音は、セリフの入っていない部分をつないで常に鳴るようにし、セリフとして聞こえる部分(所謂、粒立ちのガヤ)は、その上にアフレコで加えられています。その部分もマルチ・マイクで収録され、場面毎に適したマイクで録られたクリップが選択されています。

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編集/整音作業の実際 〜 位相管理へのこだわり

——— この段階で使用するプラグインには何がありますか?

中村氏 普段はノイズ除去用にiZotope RXを使っていますが、今回は特に自分のところにデータが来る前の段階で、RXを使って音を整えてくれてきていますから、ここでの出番は少なかったかもしれませんね。後は、レベルを持ち上げたときに派生する低周波ノイズを切るためのロー・カットをEQ7でやるくらいです。

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ロー・カットで使用されたEQ7 AudioSuiteプラグイン

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ノイズ処理で使われたiZotope RX4 Denoiser Audio Suiteプラグイン

中村氏 こういったノイズ処理はクリップ単位になりますが、自分の場合はオートメーションで設定していくのではなく、AudioSuiteプラグインを使ってファイルそのものを書き換えていく方法を取っています。その方がプラグインの互換性も気にしなくていいですし、いろいろと間違いも少ないんですよね。元の素材もキープしていますので、何かあったらいつでも元に戻れるようにもなっています。

——— コンプレッサーなどは使わないのでしょうか?

中村氏 録りのときに軽くリミッターをかけるとかはありますが、極端にコンプをかけるといったことはやらなくなりました。怒鳴り声などを録るときも、レベル・ギリギリでコンプをかけて録るよりも、まずレベルを安全な線で録っておいて、後からあげる方が自然に感じるんです。

整音時のレベル上げも、以前は良くコンプを使ってやっていたのですが、Pro Toolsにクリップ・ゲインの機能がついてからは、そちらでやる方が多いです。小さいセリフなどは、それで持ち上げた方がニュアンスやダイナミクスはそのまま維持しつつ、前にグっと来るようにできるんですよ。そのときに低周波のノイズも上がってくるので、それをEQ7でロー・カットするという形ですね。

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クリップ・ゲインでレベルがあげられた音声クリップ

ここは、つぶやくようなセリフ部分ですが、映像的には寄りの場面でもある為、アフレコ時にオン・マイクで録られたトラックのクリップ・レベルが持ち上げられ、3Tで収録されたアンビエンス的なオフ・マイク素材とミックスされています。

中村氏 ここまでゲインを上げられるのは、元の音がクリーンなアフレコだからですね。現場収録の素材だと、ノイズ・レベルも上がってしまって後の処理がもっと大変になるでしょうね。

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——— その他のエフェクター等はどうでしょう?

中村氏 アンビエンスで使うリバーブなどはダビング・ステージでかけています。今回はプラグインではなくスタジオにあるリバーブ、TC Electronic System 6000を主に使ったと思いますよ。

——— よく使う音声の編集テクニックはありますか?

中村氏 最近では珍しくないことかもしれませんが、現場でワイヤレスのピン・マイクとガン・マイクの両方で録ったときの音声の位相のズレをサンプル単位で合わせるというのを映画全編でやり始めたのは、多分自分が最初じゃないかなと思っています。

それまでも、部分部分で直すというのはやっていたんですけど、1999年の『メッセンジャー』というホイチョイ・プロダクションの映画で、初めて映画全編でその作業をやりました。それ以降は、ワイヤレスとガン・マイクを混ぜて使う場合、まず位相を合わせてから使うようにしています。

基本は、それぞれの波形を拡大してサンプル単位で合わせていくのですが、現場で収録する映画作品の場合、演者が3人くらいまでならば、それぞれがピン・マイクを付けつつ、ガン・マイクの方もそれぞれ役者さんごとに立てて録音しています。でも、実際には首を振っただけで、そのマイク同士(ピン・マイクとガン・マイク)の距離感が変わりますし、役者さんが演技的に大きく動くような場面では、1本のマイクでは追いきれないので、別のマイクに受け渡したりとかもするわけです。

そういったマイク同士の距離感が変わった部分をクリップに分けた上で、それぞれを調整していくので、場面によってはかなり時間がかかる場合もあります。気になりだすと、2サンプルくらいずれただけでも違和感が出ますから、それを全部合わせていると1日3分間くらいしか作業が進まないようなときもありますよ。

また、波形を合わせてみても、短くて強い子音のような部分は、重なると不自然になることがありますから、そういったときはその一部分だけワイヤレスかマイクのどちらかの音にしてしまうといったこともあります。その辺をケース・バイ・ケースでうまくやるっていうのが、テクニックと言えるかもしれないですね。この作品はアフレコ中心だったので、その苦労は少なかったですが、現場の音も使った場面では、やはり同じことをやっていますよ。

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——— そこまで位相合わせを、きっちりと行うようになったきっかけは何だったのでしょう?

中村氏 ガン・マイクだと絵のサイズによって行ける範囲も決まってきます。一方、ピン・マイクは場所は選ばないし、距離的にも近いところがあって音圧も出ますが、それだけにすると空気感がなく不自然な感じになってしまいます。わかりやすい悪い例としては、普通のところはマイクで録っていて、行けなくなったらワイヤレスの音だけになってしまうので、引きの時の声の方がオンになってしまうみたいなケースですかね。

従って場面に応じて両方を混ぜて、その空気感を調整するんです。このとき、位相がきちんと合っていると、ガン・マイク側のレベルを上げても違和感なく使える音になるんですよ。マイクの感じも出つつ、ピンで録られた音の芯もあるみたいな。それによってカメラワークに幅広く対応できるような音声のバリエーションが増えるというメリットがあります。

最初は気になるところだけやっていたんですが、やり始めると全部気になるようになってしまったので……。今ではいろいろなところにこのやり方が浸透してきたので、他の多くの作品でもこういった処理はされていると思います。この作品はアフレコが中心ですが、日本映画は一般的に現場の音声を中心に使うことが多いので、大事な作業だと思いますよ。

ファイナル・ダブ・ステージ 〜 前編/後編の世界観を表現

——— Pro Toolsのセッション・フォーマットは24bit/48kHzですか?

中村氏 はい、そうです。1度だけ別の映画で96kHzでやってみたのですが、そうすると結局、ダブ・ステージ側の卓にはアナログで送らなければいけなくなるので、フォーリーとかで96kHzで生音を録ったものや音楽なんかをアナログで立ち上げたいなんてことになると、アナログ側の入力数が足りなくなったりするんですよ。ですので、現状では、24bit/48kHzの中でベストな音を作っていくことを考えた方が良いなと思っています。

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見せていただいたロールの編集ウインドウ全景

トラック数は、全部で176トラックです。

中村氏 このセッションは前編の最初のロールですが、トラック数は大体、どれもこれくらいにはなりますね。自分の場合はトラックを人物別に分けていますので、それがトラック数が多い理由かもしれないです。ただ、こうしておいた方が直しなどが入る時に作業が早くできるんですよ。

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同じロールのミックス・ウインドウ

クリップの音処理は、ファイル・ベースで行われているため、

トラック上にプラグインの設定がありません。

また、トラック・カラーは、人物別に分かれています。

——— ファイナル・ダブ・ステージでのミックスはどのように行われたのでしょうか?

中村氏 整音/編集作業段階は、自分でいろいろと考えながら作り上げていくのですが、ダブ・ステージになると監督やプロデューサーの意向とかに対して忠実に作業していくことになりますね。この作品の場合は、1ロール大体15分くらいなのですが、ダブ・ステージでは、それを2つくっつけて、30分弱くらいにして作業していきました。今回は、先ほども言ったようにアンビエンスなどは、ダブ・ステージで付けてもらっています。

——— 今回の作品でのダイアログ・サウンドのミックスのポイントは、どの辺に置かれたのでしょうか?

中村氏 今回の場合、特に前編は映画の内容的にも恐怖映画っぽいというか、巨人が現れて大混乱している場面とか、人間の世界の中の話でも謎が提示されている場面が多かったので、その混沌としているような雰囲気とか、緊迫している雰囲気を出そうと考えていました。ある意味、演技とシンクロした現場感のある音というか、アフレコっぽくならない感じがいいなと考えていたんです。具体的にはハイファイ的なものを追求して、ひとつひとつのセリフを立たせるというよりは、セリフを含めた全体の空気感を塊として受け止めてもらって、その場面のリアリティーさを感じていただけるような、少し荒々しい感じのミックスを心がけています。

逆に後編の方では、前編で投げかけられた疑問が次々と解決していく展開になっているので、言葉の意味がより理解できるようクリーンな、まとまった感じのミックスにしています。

『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』サウンドの秘密 〜 音響効果編

映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』の音響効果は、「日本で最も多忙な音効マン」である柴崎憲治さんが担当しました。

柴崎さんは、自身が1997年に設立した音響効果を専門に行う会社、アルカブースの代表取締役社長でもあります。

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柴崎 憲治 氏

アルカブース代表取締役社長、そして日本を代表する音響効果技師。徹底してリアリティと精密さに拘ったサウンド・デザインを誇り、サウンド・エフェクトの重要性を日本の映画界に認知させた立役者の一人。

代表的な担当作品には、周防正行監督作品「Shall we ダンス?」、中田秀夫監督作品「リング」、深作欣二監督作品「バトルロワイアル」、北野武監督作品「OUTRAGE」、三池崇監督作品「13人の刺客」、原田眞人監督作品「クライマーズハイ」、山崎貴監督作品「ALWAYS 三丁目の夕日」、小泉堯史監督作品「蜩ノ記」、押井守監督作品「パトレイバー 首都決戦」他多数があります。

作品プロフィール

アルカブースについて 〜 リアルな効果サウンドの追求

——— 柴崎さんがこの業界に入るきっかけ、そしてご自身の会社であるアルカブース設立に至る経緯を教えていただけますか?

柴崎氏 正直に言うと、最初はさほど興味もなく入ったというのが本当のところですね。少なくとも、好きで仕方ないという事でやり始めたのではなく、1年くらいやってダメだったら辞めりゃいいやくらいの気持ちだったかもしれないです。

最初はそうやって日活でアルバイトをやっていたのですが、そうしているうちに、私の師匠にあたる佐々木英世さんがいた東洋音響でお世話になることになり、大映テレビのお仕事などを皮切りに、りんたろう監督の作品である『幻魔大戦』や『カムイの剣』だとか、あとは大友克洋監督の『AKIRA』で助手をやったりとか、音響効果の仕事を本格的にいろいろやるようになりました。

東洋音響の後は、先輩にあたる倉橋静男さん、今はアニメ版の方の『進撃の巨人』の音響効果もやっている方ですが、その倉橋さんとサウンドボックスという会社を起ち上げて、その中でさらに色々な経験を積んでいきました。そして40才を過ぎたくらいに、そろそろ自分で好きなことでもやろうかなと思っていたところ、三池崇史監督からの勧めもあり、独立して作ったのがこのアルカブースという会社です。

アルカブースは、元々一人で始めた会社なのですが、三池作品をきっかけに他の映画の仕事もいただけるようになり、現在スタッフは6名になっています。

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柴崎さんの作業部屋

アルカブースでは、スタッフ毎に作業部屋が用意されています。

中でも柴崎さんの部屋は、”特別仕様”で、天井にまで設置された複数のスピーカーもドルビー・アトモスの仕様を満たす形で計測され配置されています。

柴崎さんは、ここで5月に公開された日本初のアトモス作品である押井守監督の「THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦」の音響効果の仕込み作業を行いました。

——— 音響効果のお仕事は、個人で受ける事が多いのでしょうか?

柴崎氏 個人に来るケースもありますが、アルカブースの場合はチームで受ける形の方が多いですね。今はスタッフの多くが経験を積んできているので、それぞれがメインで仕事も受けられるようになっていますが、それをサポートする形で役割を決めて、それぞれの作品に取り組むという形です。

——— 今回の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』は、独特の世界観を持った作品だと思いますが、どのようにイメージ作りをしていったのでしょうか?

柴崎氏 元々、原作を読んでいたんですよ。映画化の話は以前からあったので、どういうものかな?と思って漫画の方を読んでいました。そこから巡り巡って、この映画の話が来て、読んでおいて良かった〜と思いました。立体機動装置で飛び回る感じはこれだなとか、原作の方で既にイメージはできていたので、そういう意味では最初からスムースに取り組めましたね。

——— この映画ではCGや合成シーンも多かったわけですが、そういった映像側とのコミュニケーションもあったのでしょうか?

柴崎氏 それぞれの音の方向性に関しては、撮影のときから録音技師や監督とも話していましたが、動きに関してはとにかくCGがないとできないので、全部じゃなくても、ある程度完成した段階で絵をくれないかという話はしていました。CG担当の佐藤さんなんかにも、立体機動装置の場面がどの辺で入るかとか、スケジュールが厳しいのだけど、ダミーでもいいので絵を先にもらえないかな?と言った話はやっぱりしましたよ。その辺は現場同士でやり取りしたケースが多かったですね。

——— 今回は軍艦島でのロケも話題ですが、そこで収録した音もバックグラウンドとして使っているのでしょうか?

柴崎氏 いいえ。まったく使っていません。というか今回の場合、現場は録れる状態じゃないんですよ。扇風機なども回っていますからね。ですので、バックグランドも新たに作って付けていますし、効果音も全部足しています。ダイアログも基本アフレコですからね。現場の音は、ほとんどないと思ってもらって良いと思います。

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バックグラウンド仕込み制作時のPro Tools HDソフトウエア・セッション

特撮やCG合成された映像が頻度高くアップデイトされるため、

複数のQuick Timeムービーを取り込みながら作業しています。

巨人の「声」と「動き」の音作り 〜 サウンドによる絶望と恐怖の演出

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』では、柴崎さんがメインで音響効果を担当していますが、赤澤さんも一部のサウンドを手がけています。

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赤澤 勇二 氏

1984年7月10日 大阪府出身

2010年, アルカブースに入社

音響効果担当作品に、細田 守監督作品「バケモノの子」、山口義高監督作品「猫侍」、平尾隆之監督作品 「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」(柴崎氏と共同)

小林大介監督作品「青鬼」熊坂出監督作品「人狼ゲーム」

TVドラマ、「失恋ショコラティエ」(フジTV)、「BORDER」(テレビ朝日)

などがある。

柴崎氏 この作品では、私が音響効果全般を見ていますが、一部赤澤君の方で作った音もあります。バックグランドは全部自分でやりました。後は特殊な音ですね。具体的には、立体機動の音とか、巨人の声とか……。

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©諫山創/講談社

——— 巨人の「声」も音響効果の方の役割になるのですか?

柴崎氏 巨人は人であって人でないというか、確かに人間の形はしていますが、本当の人間から見ると恐怖や脅威を感じるまったく別の存在なわけです。

だったら、それを表現するサウンドにしなければいけないということになって、普通の人の声だけじゃあダメだろうと。だからと言って、完全に擬音だけで作ってしまうと怪獣みたいになってしまうから、それはないよなと……。難しいなぁ、じゃあ誰がやるんだ?みたいな話になったときに、思わず「はい、俺がやります」って手を上げちゃったものだから、やらざるを得なくなって(笑)。

ただ、巨人の動きに関する音も自分がやるわけだから、結果的には声と動きの音を一緒にやることで、全体のバランスをとることができて良かったと思っています。

巨人の声については、具体的にはアフレコで録った人の声をベースにしながら、それを加工したり、動物の声などの別の音を被せたりして作ったものが多いですね。例えば、大型の巨人の登場シーンの声は、アフレコしたある役者さんの声を元に、寄っているところではちょっとピッチを変えたものを加えたり、あとは人の声だけだと音圧が出ないので、風の音なども加えていますね。人の声にリバーブをつけたものと、生の音をピッチさげたもの、そして風の音を加えたものの3種類をミックスして、1つの音にしているわけです。

他にも、巨人がアイドリングしているような感じでゴロゴロゴロと言っているようなところでは、象の声なんかも加えたり、格闘シーンの中で襲い掛かるときの声については、セイウチなどの海の動物の声を元に、それを加工して使ったりしています。技術的なことだと、タイムラグのないピッチ・シフトを使ったりとか、リミッターをダブルでかけて音圧を上げたりだとかいろいろなことをして作っていますよ。

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Serato Pitch’n Time Pro

巨人の声等で使用されたピッチ・シフト用Audio Suiteプラグイン

——— 巨人の足音もかなりの迫力ですが、あれはどのようにして作られたのでしょうか?

柴崎氏 元になる音はフォーリーで録っています。この巨人の足音のフォーリーはかなり苦労しました。昔の地ならしする道具みたいなのがありますよね?ああいうのを、実際に美術さんに作ってもらって、それを3点で吊って、皆んなで引っ張って落として、そうやって収録しているんですよ。マイクは、SankenのC10Kで録っています。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』の効果音は、強い音を必要とする場合が多いわけですから、それに耐えられるマイクを選ぶ必要がありましたので、最初からこれに決めていました。

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東宝ポストプロダクション・センター1・フォーリー・スタジオ

出典:tohostudio.jp

柴崎氏 そうやってフォーリーで録った音にプラスして、いわゆる作り物の音を乗せています。乗せている音というのは、低い方の音が多いですね。寄った時はドォカーンってやっていますが、引いている時は、ドォーン、ドォーンっていう感じで、低い音で広がり感を調整するわけです。これにより、寄っているときと、引いているときの音の輪郭をまるで違うものにすることができます。エフェクトに関しては、巨人の足音でもSonnoxのAAX DSPプラグインをかなり使っていますよ。音圧をあげたり、またこれで低い方の音をわざと歪ませたりもしています。うまく歪ませることによって、その怖さといったものもより強く表現できるんです。

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Sonnox Oxford Inflator

巨人の声や足音といった効果音に存在感や迫力を加える為に使われた

ダイナミクス/ラウドネス系AAX DSPプラグイン

——— 赤澤さんは、今回どの音を担当したのでしょうか?

赤澤氏 メインの音は柴崎さんの方でやっていましたので、私の方はドアの音とかの小物系、後は巨人の口の中の音とか、グチュグチュした音、よだれとか血の感じとかですね。

柴崎氏 食べるときの音は、二人でやったりしましたね。自分の方は、より残酷な方、例えば噛んだときに骨がゴキって鳴っている音などを作っていますが、一方で赤澤君の方は、血のピシャーって音をやっていたりするわけです。血の音も「そんな水っぽいのはダメだな〜。もうちょっと肉っぽいやつな」とか指示しながらやってましたね。

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——— それも元の音はフォーリーなのですか?

柴崎氏 そうですね、フォーリーもあります。グシャ、グリグリみたいな感じの音のときにはパイナップルを使ったりいろいろですね。もちろん、そのままではなく、加工して使っていますよ。

赤澤氏 捕食シーンでは鳥肉の音とかも使いました。リミッターで音圧を上げて迫力を出したりもしています。

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Waves L360°Surround Limiter

サラウンド音素材の音圧をアップする為に使用された

爆発音や立体機動装置での音創り 〜 迫力あるサウンドを求めて

Shingeki no Kyojin

©2015 映画「進撃の巨人」製作委員会

©諫山創/講談社

——— 映画ではサラウンドの特性を生かして、いろいろな角度から飛ぶように鳴っている立体機動装置の音が印象的ですが、これはどのようにして作ったのでしょう?

柴崎氏 これもフォーリーですね。これはスタジオにワイヤーを張って、ワイヤーに滑車みたいなのをかけて、滑らしたり、持って走ったり、ワイヤーも細いのから太いのまでいろいろとパターンを変えて録ってます。滑らしたときは結構危なくて、その滑車が端まで行って止まるときに、ワイヤーを持っている手に当たったりするんですよ。

この音は細かい音でありながらも、芯のあるキューンっていう音で、動きもありますから、ガン・マイクを使って収録しています。ワイヤーの音だけじゃなく、発射時のエアーの音、シュとかプシュっていう音もフォーリーで録っていますよ。

実際に作品の中で聴こえる音は、フォーリーで録った生音とライブラリーのSE音の組み合わせになっています。例えば、映画の中のワイヤーの音はいくつも重なっていますが、それらと共に耳のそばを通るときの風の音はライブラリーを使ったり、サーボモーターの音なんかはフォーリーで録ったものを加えたり、細かい音も全部付けていますが、それらの複数の音を組み合わせて使い、そこに先ほども言ったようにSonnoxのAAXプラグインやEQなどで迫力を加えていくことで、立体機動装置としてのサウンドが完成するわけです。

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立体機動装置音収録風景

立体機動装置の音を作るため、東宝ポストプロダクション・センターのフィルム・ダブ・ステージにワイヤーとマイクを持ち込み、ワイヤー上を滑車を滑らせながら収録されました。規模的に普通のフォーリーの部屋には収まらず、最初は廊下なども試したそうですが、残響がありすぎたのと空調ノイズなども気になったため、広さ的にもちょうど良かったこのダブ・ステージが使われました。

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©2015 映画「進撃の巨人」製作委員会

©諫山創/講談社

——— アクション・シーンだとか爆発音といった、そういう迫力のあるサウンドはどのように作っているのでしょうか?

柴崎氏 今は劇場での再生能力が上がっていますから、迫力が必要なサウンドの場合は、1種類の音だけで1つの音を成立させるのが難しくなっています。周波数ごとに特徴を持った素材を、複数使うことで広がりとか、空気感を作ってあげないと、やっぱり出来上がった音として物足りなくなりますね。

コンプをかけて音圧を上げるにしても、1種類だけだと限界がありますから、そのための複数の素材を用意することが必要です。その上で、まず核になる音をEQなどでしっかり作り、それはエッジの立つ音にして、それ以外の音は、そこに広がりを付けていくような役割を持たせて作っています。

アクションなどの場合は、その音の構造を良く考えて、低い音、高い音とありますが、その高い音の方を印象づけられるように定位をうまくコントロールして、逆に低い音というのは定位がないわけですから、それを使って広がりを感じられるようにしていく、そういった帯域毎のコントロールというのが、もの凄く大事になる部分です。

実際、耳に印象に残る音っていうのは3kHzだとか4kHzといった帯域になるわけなので、そこの部分が定位も含めてきちんと作り込めていれば、後の音は残像として、ちゃんと聞こえてきます。そうするとレベル的に無理をしなくても良い。ただボリュームを上げるだけだと、音がダンゴ状態になって、うるさいだけになってしまう可能性があります。

——— そのポイントとなるEQについて、もう少し教えていただけますか?

柴崎氏 EQ時は少し硬い音が欲しくて強調したいポイントがある場合でも、そこをピン・ポイントで上げるんじゃなくて、1kHzから徐々に上げていって3〜4kHzくらいにピークを持ってきて、7〜8kHzくらいまでの間でなだらかに落としていく、そういう作り方をしたりするわけです。これを7〜8kHzあたりをピンポイントで持ち上げてしまうと、どうしても痩せた嫌な音になったりしてしまいます。EQはふくらみを付けて、使うのがポイントですね。

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©2015 映画「進撃の巨人」製作委員会

©諫山創/講談社

——— 迫力のあるサウンドを作るに際して、こだわっているマイクだとかヘッドアンプといった機材などはありますか?

柴崎氏 録り音は重要ですので、そういった入り口の機材も重要ですが、それは決まったものがあるというより、録りたい音に合わせて用意する形が多いです。マイクなんかも本当にいろいろなものを使います。

でも今は、そういった素材を必ずPro Toolsの中に取り込んでから本格的な音を作り上げていくわけですから、Pro Tools上で色々なプラグインを使って、ひとつの音素材を違った形に変えていく、例えば何かモノの素材があったとして、そこにリバーブを加えたり、ちょっとだけリミッターをかけたりして、芯はそのままに響きだけ広げてやるとか、そういうやり方をするのが好きなんですよ。そうすると1つの音からでも、色々な役割を持ったサウンドを生み出すことができるようになります。

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サウンド・エフェクト用Pro Toolsセッションのエディット・ウインドウ

立体機動装置や爆発音といったサウンド・エフェクトは、カテゴリー別にPro Toolsセッションに分けられて管理されます。

ここで取り上げたセッション・ファイルは、トラック総数は257トラックで、ボイス数はPro Tools|HDX 1の上限である256ボイスを使用しています。

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サウンド・エフェクト用Pro Toolsセッションのミックス・ウインドウ

同じセッションのミックス・ウインドウです。

AAXプラグインは、各5.1サラウンドのステム・ミックス・サブ・マスター・フェーダーのみに実行されています。

赤澤氏 このセッションのエフェクトに対しては、Audio Suiteプラグインを多く使っていますね。先ほど説明のあったPitch ShiftやWavesのC4などもよく使います。

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Waves C4 Multiband Compressor

ファイル・ベース処理のAudio Suiteプラグインとして使用されることが多かったというマルチバンド ダイナミック プロセッサー。

画面は「人」の足音用に使用された設定です。

プリ・ミックスとファイナル・ダブ・ステージ 〜 作品として仕上げる為の最終過程

アルカブースで仕込まれた各サウンドは、複数のセッションに分けられ、プリ・ミックス、ファイナル・ミックスを行うダビング・ステージで使用するPro Tools|HDXに移され、作業が継続されます。

——— この作品のダブ・ステージは、東宝ポストプロダクション・センター1で実施されました。ダブ・ステージではPro Tools|HDXは何台使用されたのでしょうか?

柴崎氏 音響効果ではバックグラウンドと特殊系で1台、フォーリーで1台、声で1台、あとは小物系で1台の合計4台です。

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東宝ポストプロダクション・センター・ダブ・ステージ1

出典:tohostudio.jp

——— 前編と後編合わせると約3時間だと思いますが、そのすべての効果音やバックグラウンドも含めたミックスとなると相当な労力ですね?

柴崎氏 そうですね、仕込みももちろん大変なんですが、それが終わってからもほぼ一ヶ月間、東宝のスタジオにいましたからね。プリ・ミックス作業で、一話につき一週間程度、前編と後編を通しでやりましたので、二週間くらい連続でやって、ファイナル・ダブ・ミックスでもやはり一話につき一週間くらいです。

——— プラグインを使った細かい音作りはプリ・ミックスの段階でも行うのでしょうか?

柴崎氏 いえ、それぞれの音のそういった作り込みは仕込みの段階ですね。プリ・ミックスでは、ステムのバランスとか卓上で振りたいもの、例えば何かの音がセンターから左に行ったときに卓のフィルターでそれをボカしてやるとか、そういった作業が中心になります。

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「バックグラウンド」音が収められたプリ・ミックス済みPro Toolsセッション

プリ・ミックスでは、サウンドの種類毎に5.1サラウンドのステムとして

まとめられます。ファイナル・ダブ・ミックスでは、

これらの5.1チャンネルがダブ・ステージのコンソールに立ち上げられ、

各ステム間のバランスを取りながら最終ミックスが行われます。

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©諫山創/講談社

東宝ポストプロダクション・センター1では、ダビング・ステージ用のコンソールとしてAMS Neve DFC Geminiが採用されています。

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AMS Neve DFC Gemini

出典:tohostudio.jp

プリ・ミックスでは、各パートが複数のPro Tools|HDX内で5.1サラウンド・チャンネルにまとめられ出力され、コンソール側では、各5.1チャンネルを1フェーダーでとして最大48まで受けることが可能です。

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Pro Tools|HDXから再生される5.1ステム・トラックの一例

サラウンド定位された各サウンド素材が、内部バスを通して

5.1チャンネルのステム・トラックにまとめられ、

Waves L360 Surround Limiterが施されています。

こういったトラックが、1セッション内に複数存在し、

それぞれが独立して、ダブ・ステージのコンソールに立ち上げられ、

ファイナル・ミックスされていきます。

柴崎氏 フォーリーなんかはPro Tools|HDX内で、プリ・ミックスの段階である程度まとめているので少し軽くはなっていますが、何しろやっていることの数が絶対的に多いわけですからね。ファイナル・ミックスのときには、久しぶりに一人で座っていて向こうのフェーダーに手が届かなかったですね。

ファイナル・ダブ・ミックスされた最終素材は、上映に使われる5.1サラウンド・チャンネルのもの以外にも、用途に合わせたいくつかのパターンでレコーディングされます。

柴崎氏 この作品もそうですが、今の映画は吹き替えも意識して制作されていますから、ダイアログが別になったME(Music & Effect)トラックもちゃんとあるので、これが英語に吹き替えになっても、音楽も効果も元の音、そしてバランスを保てるようになっています。

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©2015 映画「進撃の巨人」製作委員会

©諫山創/講談社

映画「録音/音響」技師を目指す方々へのアドバイス 〜 匠の技を未来へ継承

柴崎さん、中村さんへの各インタビューの最後に、これから映画「サウンド」業界を目指す方々へのアドバイスもお聞かせいただきました。

——— 映画の録音技師や音響効果マンになる為の感性というのは、どうすれば身につくものなのでしょうか?

中村氏 自分は最初から映画を志向していたわけではなかったので、当初はあまり映画を見てないというのがコンプレックスとしてあって、技師になりたての頃、最初の2年くらいで大体700本くらいの映画を見たりしました。そのときに時代時代の音の傾向だとかを把握したり、気づいたことを現場の収録で試してみたりとかしていましたね。もし、既に志が決まっているなら、まずはその分野の多くの作品に触れてみることを感性を磨くという意味でもお勧めします。

柴崎氏 感性を磨くという意味では、街に出てその空気を感じたり、人の動きをみたり、とにかくいろいろな世界観を学ぶということを勧めますね。音響効果というのは、日常生活の中で何が聞こえるかとか、街の中に何があるかとか、そういうことを把握していることが重要なわけですから、例えば車のエンジン音なんかが典型的な例ですが、時代ごとに変わる回りの音風景に常に気をつけていくことで、その感性が養われていくのだと思います。

——— 映画の録音技師や音響効果のお仕事に興味を持つ若い人たちも多いと思いますが、アドバイスをいただけますか?

中村氏 少し厳しいかもしれないですけど、今だと大体15年くらいは助手でやっていくということを覚悟しておいた方が良いかもしれないですね。録音技師自体が、今はフリーランスでやっている人が多いので、まずその人たちの助手につくというパターンになると思います。そうすると、やはり現場でいろいろと学びながらということになるので、経験値が上がって技師になれるのが30才代後半くらいなんですね。

それと仕事にするとなると、いろいろなタイプの作品をやれないといけないですから、様々なものに興味を持つということも重要ですね。音楽もその一つだと思います。実際、映画っていうのはいろいろな要素でできあがっているわけですから、音楽も含め、今学んでいることの知識自体が無駄になることはないと思います。どのような作品でも興味を持てさえすれば、とても楽しい仕事だと思いますから、そのキャパを広げることが大切かもしれません。自分の場合も、今回の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』のようなものだけではなく、色々なタイプの映画の録音をやっていますが、どれも好き嫌いなくできますし、すごく楽しくやらせてもらっています。

柴崎氏 学校で学ぶことは技術的なことというか、「技師」として必要なことが中心になるのではないかと思いますが、実際に最初に現場に入ったときには、「技師」ではなく「助手」としての仕事であり、そしてその役割に求められることを確実に実践することが、現場としては最も重要になるわけです。

それと映画って言うのは、9時から5時までやっていれば必ず何かしら結果が出るという仕事でもない。結果というのは結局、一本の作品をきちんと完成させた時に初めて出るものですからね。最初に入ったときというのは、やはり助手からやることになるわけですから大変だと思いますよ。ただ、どんな場合でも「理想」だけは常に失わないことが大事です。

助手として付いているときにでも、その先輩のやり方を見て学ぶということだけではなく、逆に自分だったらこうやるとか、そういう批判的な目っていうのかな、自分の理想と照らし合わせて仕事していくことも必要になってくると思います。そのためにはまず、その理想をいうものを持たないといけないわけですね。

映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』ユーザー・ストーリー

インタビュー:赤坂 稔

構成:尾崎 里江

協力:松田 宏(報映産業

協賛:Hoei Sangyo AD

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