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2015/7/11に公開された大ヒット映画『バケモノの子』は、06年『時をかける少女』、09年『サマーウォーズ』、12年『おおかみこどもの雨と雪』の成功により、今や世界で最も注目を集めるアニメーション映画監督・細田守氏の3年ぶりとなる最新作です。

今回は、その『バケモノの子』サウンド・プロダクションに関わった「音の魔術師」達、「音声」担当の小原吉男さん、そして「音響効果」を担当したアルカブースの柴崎 憲治さん/赤澤 勇二さんにこのサウンド制作過程や録音/整音/編集/ミックスの秘密をお伺いすることができました。

Bakemono no Ko

©2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

イントロダクション

バケモノと少年の奇妙な師弟関係を軸に、バケモノたちの棲む異世界での修行と冒険、リアルな渋谷を舞台にした壮大なアクション、そして親子の絆やヒロインとの淡い恋愛など…。子どもから大人まで、あらゆる世代が共感できる、エンターテインメントの全ての要素が詰まった≪新冒険活劇≫として完成した映画『バケモノの子』は、アニメーションで描かれる渋谷の街並みや登場人物の表情やアクションのビジュアル面で、そして、それに呼応する形で付けられたアンビエンス(背景音)、セリフへの演出、効果音等のサウンド面で撤退したリアリティーの追求がなされています。

インタビューに入る前に、参考情報として、アニメーション映画に於ける「サウンド」制作カテゴリーについて、簡単に解説しておきましょう。

音声:この記事ではキャスティングされた役者/声優達による「セリフ」や人の声による背景音である「ガヤ」を総称して「音声」としています。アニメーションの場合は、アニメーション動画に対してセリフを被せていくアフレコ作業によってダイアログ(会話)を構築していきます。「セリフ」は映画に於けるサウンド面での主役でもあり、登場するキャラクターの感情表現を担うとともに、見ている人がストーリーを適切に把握する為のガイド的な役割も担っていますので、演出的にも技術的にも細心の注意を払って処理されていきます。また、一般に「ガヤ」と呼ばれる大勢の役者による背景音的に使われる会話や人の声も独立したトラックで管理されサウンドメイクが行われます。

効果音:効果音は、一般的には戦闘シーン等の迫力のある場面等で、欠かせない要素として知られていますが、実際には様々な場面で使われています。それらのサウンドは、既存のライブラリーを幾重にも重ねたり加工したりして、その映画にあったサウンドを作り出す事もあれば、新たに録音して作成される事もあります。必要なサウンドを生音を使って新たに録音する作業をフォーリーと言います。足音や食事のシーン等の他、戦闘シーンの一部でも、必要に応じて生音から効果音を作成します。本物の音を使うことで、リアリティーを追求する事に役立てるといったケース以外にも、その生音を重ねたり、加工したりすることで全く別のサウンド生み出すといった目的にも使用されます。

音楽:作品内で用いられる音楽は、それぞれのシーンの喜怒哀楽をより印象深いものにする為に使われるほか、効果音的な要素として用いられる場合もあります。セリフは「意味」を担当し、音楽は「フィーリング」を担当すると言われることがある程、その場面の感情や雰囲気を表現する為の重要な要素の一つです。

各サウンド・カテゴリーの方向性は監督または監督の意を受けた音響ディレクターが決め、それに従って作業が進められますが、技術的には、その作品の魅力を最大化する為の、それぞれの分野専門のエンジニアやサウンド・デザイナーが担当しています。

そうして作られた各サウンド・カテゴリーは、それぞれで完成された状態でファイナル・ダブ・ステージというミキシングの場に集められ、監督確認の元、全体のバランスが取られ、最終的な作品として届けられるのです。

では、インタビューです!

「バケモノの子」サウンド 音声編 〜 小原吉男氏インタビュー 〜

バケモノの子」の音声を担当した小原吉男さんは、録音/ミキシング・エンジニアとして、日本のアニメーション業界のサウンドを支えるサウンド・デザイナーの第一人者です。06年『時をかける少女』から最新作『バケモノの子』に至るまで、これまでの細田監督作品全てに、音声録音/ミックス担当として参加しています。

Bakemono no Ko

小原 吉男(おばら よしお)氏

1976年 音響技術専門学院卒業

1975年10月 整音スタジオ入社

1980年9月 整音スタジオ退社

以降フリー 現在に至る。

参加作品一覧

では、まず音声の録音作業について伺っていきましょう。

音声の録音 〜 アフレコ作業 〜

セリフ等の音声の録音(アフレコ作業)は、都内にあるサウンドイン・スタジオで行われました。

Bakemono no Ko

サウンドイン・スタジオ

出典: sound-inn.com

アフレコは、基本、できあがった映像を見ながら、そのシーンに登場する複数の役者/声優が同録する形で進められます。

——— アフレコ作業の前に、作品のイメージを掴んでおくには、どういった方法があるのでしょうか?

小原氏 これは人によっても違うのかもしれませんが、自分の場合は、やはりセリフが具体的に書かれている台本を読んでイメージを掴む事が多いですね。アフレコで使う映像をQuick Timeでいただくのですが、それを見ながら台本を読んでいくのが一番イメージを掴みやすいです。

——— アフレコの時のマイクは何を使っていますか?

小原氏 マイクは、前作の『おおかみこどもの雨と雪』から、監督の推薦もあってSennheiser MKH-416を使っています。他のマイクに比べて、声を録る時のロー(低音部)の出方がとても綺麗なんです。今回の場合は、マイクはスタジオ内に4本立てていたのですが、マルチ・チャンネルで録音するのではなく、Pro Toolsに音が入る前段にあるSSLのミキサーに一度立ち上げて、そこで1本のチャンネルにまとめて音を決めてからPro Tools内にレコーディングしています。マイキングにもコツがあって、普通は416を使う時って、口元を狙うと思うんですが、自分の場合は、もう少し下を狙います。そうすると、声の低音部が非常に良く録れます。余計なハイもなくなって、ちょうど気持ちいい感じですね。細田さんの作品では、時間単位のロール分けではなく、シーンごとにアフレコ収録する形をとっていますので、役者さん毎のそういった細かなマイク設定が、その都度、きちんと行えるんですよ。これだけでも録り音の出来が全然違ってきますね。映画には、捨ててもいいセリフなんてないと思っているので、後から困る事がないよう、まず録り音を良くすることが大事だと思っています。

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アフレコ収録風景:熊徹を役所広司、九太・少年期を宮崎あおいが演じる

——— 録音時に使うコンプレッサー/リミッターはどのように使用していますか?

小原氏 自分は録りの時には、必ずアナログ機器を通したいんですよね。サウンドに暖かみが加わるというか、豊かになる。自分でもUrei 1176は持っているのですが、今回はサウンド・イン・スタジオにあったAdgear UR76Sも使いました。アフレコの時に使うかけ録り用のコンプ/リミッターの設定は、やはり気を使いますね。かけすぎると音がパツンパツンになってしまい不自然ですので、セリフの表情を生かす事を心がけて、軽めにかけるようにしています。

——— セリフの音量的なダイナミクスも非常に幅広いものがあったと思いますが、録音時のレベルの管理はどのように行ったのでしょうか?

小原氏 そこは録音ミキサーとして一番難しい部分だと思いますが、やはり事前に台本を読み込んでおいて、それを役者さんが言う時に、どんな感じで言うかとかを予測してるんですよね。芝居を自分の中でイメージしておけば、大体これくらいのレベルで来るな〜っていうのがわかるので、それに従ってPro Toolsに入る前段でフェーダーを上げ下げしています。

——— セリフのアフレコ時に、他に注意する点にはどういった事があるのでしょうか??

小原氏 演出的な部分の方針や方向性は監督が決めて行くので、何かアドバイスを求められた時以外は、基本は技術的な部分に集中しています。今回、監督に一つだけお願いしたのは、アクション・シーン等で、お互いのセリフが被るシーンがある場合は、できるだけ別録りしたいということでした。例えば、熊徹と猪王山の戦闘シーンは、展開も速くて、両者ともセリフ以外にも唸り声など、ズーッと声が出ているような場面でしたが、後から片方のセリフだけをEQしたり、不要な部分をカットしましょうとなったような場合に、それぞれが被ってしまうと、後からの音声処理や編集も難しくなります。そういったケースが予想されるような場面は、別録りでやってもらうようお願いしました。

——— ガヤ(声の背景音)の録音はどのように行ったのでしょう?

小原氏 これもサウンド・イン・スタジオに、アフレコとは別日でスケジュールを取って、5.0のサラウンドで録音しています。前に3本、後ろに2本ですね。大体、40人くらいスタジオに入ってもらって、録音していくんですが、同じ箇所に止まっていると、特定の人の声が同じところから聞こえてしまい目立ってしまうので、人の方を移動させながら録ったりとかもしていました。映像的にもパンが振られてりしますからね。ガヤの中でも内容を聞き取れるようにするセリフがある場合、所謂、粒立ちのセリフ的なものは別録りしています。

——— 音声録音時のPro Toolsは何を使ったのでしょう?また、セッションのフォーマットは、どうなっているでしょうか?

小原氏 Pro Toolsは、スタジオにあるPro Tools HDXとHD I/Oを使いました。セッションのフォーマットは、24bit/48kHzです。サンプリングレイトに48kHzを使うのは、ファイナル・ダブ・ステージで使用する卓との関係もありますね。最終段で48kHzになるわけだから、最初からそうしておこうという事です。ただ、96kHzも興味があるというか、まだやった事がないので、今度やってみようかなと思っています。

編集/整音作業 〜 臨場感のあるサウンドの演出 〜

録音されたダイアログのデータは、小原さんの作業部屋にあるPro Tools|HDXシステムに取り込まれ整音/編集作業が行われます。

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映画「バケモノの子」では、「人間とバケモノ」「渋谷と渋天街」「光と闇」といった二つの世界の対比が特徴的ですが、人間のリアリティーのある動きや表情の描写とバケモノの超人的な動きや想像力を掻き立てるような表現描写のコントラストを、セリフ面でも考えられたキャスティング/演出で見事に表現しています。

——— 小原さんは、そういった2つの世界を対比していくようなストーリー展開や映像的なアプローチに対して、どのような音声処理をしていったのでしょうか?

小原氏 そうですね、例えば渋天街の路地での音声のアンビエンスは、見た目の絵柄のイメージを表現するよう、凄く響く感じになるよう意識してやりました。また、心の闇の部分を表現するようなセリフに対しては、特殊なエフェクトを実行することで、結果的に対比させる形になったと思います。ただ、通常のセリフでは、それ程、人間でもバケモノでも特にその違い自体を意識して処理するようなころはありませんでした。2つの世界があったとしても、それぞれの場面の感情表現をどうサウンドで表現するかという点に関して言えば、技術的にやることは同じです。この作品の場合は、演技的にその時々の感情がうまく表現されているものがOKテイクとなるようディレクションされていったので、どのような場面であっても、まずはその表現の素晴らしさを生かしながら編集や整音作業で技術的なフォローをしていくといった事に注力していました。

Bakemono no Ko

©2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

では、具体的な作業の流れを見ていきましょう。

——— アフレコでの編集作業とはどういうことをやるのでしょうか?

小原氏 映像はQuick Timeでもらって、それをPro Tools内に取り込み、その後、まず、最初にやるのは、映像にセリフを合わせていく、所謂、”セリフ合わせ”になります。”セリフ合わせ”は最初の段階からしっかり作業します。そうしないと次の段階(絵の編集作業)で支障が起きてしまいますからね。映像の編集が終わってからじっくり行う作業は音の整理、具体的にはDP(セリフ本線)とFD(本線以外のセリフ)の区分け作業と加工と言う事になります。

整音作業としては、それぞれのOKテイクからリップ・ノイズを除ったりするといった作業になりますが、自分の場合は、Pro Toolsのペンシル・ツールを使って行っていますね。また、今回の場合は、演技や表現重視でOKテイクが選ばれることが多かったですから、時々、感情が入っているところなどで瞬間的にセリフが聞き取りにくくなる箇所があったり、テニオハ的な部分で微妙な間違いが有る事がありました。そういう場合は、そのOKテイクを生かしながら別テイクから、その箇所だけを持ってきて部分的に差し替えたりといった事も行っています。

——— 小原さんならではの編集テクニックといったものはあるのでしょうか?

小原氏 そうですね〜、特に変わった事はしていないので……強いて言えば、左手でテン・キーを操作するということでしょうかね?(笑)右手でマウスを持って編集して、左手のテン・キーで上げ下げしています。持ち替えなしのオペレーションなので、ちょっとしたことですがオペレーション時間を短縮できます。でも、映画のような長編の編集とかになると、この差は大きいですよ。

Bakemono no Ko

——— 気に入っているエフェクトなどはありますか?

小原氏 AAXプラグインは、他のスタジオとの互換性などもあるので、ここにあるシステムでは付属のものしか使っていないです。EQ、コンプ、リバーブといった基本的なものです。この作品では、音声に対して極端なエフェクトをかけるということはありませんでしたので、気になるところにEQをかけたり、あと場面場面のアンビエンス感はリバーブで付けています。自分のシステムには、まだ入れていないのですが、ノイズや残響等の修正が必要な場合は、iZotope RX4/Advancedが便利ですね。今回もPro Tools内のツールだけでは消しきれない、セリフ内に紛れ込んでしまっているようなノイズなんかを、ダビング・ステージで使った東宝さんのPro Toolsに入っていたiZotopeで処理してもらったりしています。これはいいな〜って(笑)。

あと、これはプラグインの話ではないですけど、リバース・ゲート・エコーにはYamaha SPXを使っています。今回だと先ほどお話しした人の心の闇の部分を表現するセリフのところのエフェクトとして使っています。映画を見れば、すぐにどこかわかりますよ。Pro Tools自体についている機能でも色々試してみたのですが、どうしても同じようにならなくて…..これは手放せないですね。

では、実際に作業で使用した「バケモノの子」音声データが取り込まれたPro Toolsのセッションデータを見てみましょう。

まずは、編集ウインドウの全景です。

Bakemono no Ko - Pro Tools

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トラック数は、センション長さは約2時間、トラック数は全種類(オーディオとAUX)で80となります(ボイス数は41)。

小原氏 フィルム時代はロール分けとかになってたんですが、今は全編を1つのセッションで作業することが多いですね。トラック数が多いのは、今回ガヤが多く、それらをサラウンドで録ったからだと思います。

これだけのトラック数にも関わらず、DSP消費は、HDXカード1枚に余裕で収まる程度となっています。「DSP共有 x 44」となっているのは、Pro Tools HDソフトウエアに付属のEQ7とDyn3で、効率良くDSPチップをシェアできるようになっています。

小原氏 整音段階では、使っているプラグインがPro Tools付属のものだけなのと、あと今回の場合は、本当に録り音を良くできたので、後からそんなにいじる必要性もなく、プラグインの数も少なかったですね。

次にミックス・ウインドウを見てみましょう。

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ミックス・ウインドウでは、カテゴリー毎にトラック・カラーが分けられています。

紺色のトラックには「セリフ本線」のデータが収められていますが、トラック自体は、別録りしたもので分けられる他、キャラクターによって分けたり、セリフが交わされる場所によって分けられたりしています。

小原氏 ボリューム的な最終的な調整は、ファイナル・ダブ・ステージで行うので、ここでは大体のバランスを取るくらいです。クリップ・ゲインでの調整はしていませんが、セリフの中で音量的に低すぎる部分があった場合は、ボリューム・オートメーションで上げたりはしています。

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各音声トラックには、様々な目的でイコライザーであるEQ7が実行されています。

トラック名が「DP」から始まるセリフ本線のトラックには、中域をやや持ち上げるEQ処理が施されていますが、マスター・バイパスのオートメーションが組まれ、セリフ毎にオン/オフされるように設定されています。

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小原氏 このEQ設定は、キャラクター毎にかけるというよりは、ちょっとトーンが甘くなっていて聞きとりにくいかな〜というセリフに対して、中域を少し持ち上げて、クリアにさせる目的で部分的に使用しています。その他だと、顔のアップの時のセリフの場合にローを、ちょっと持ち上げてみたりとか、そういった表情付けにも使いますね。

セリフに対する特殊効果的なエフェクトには、上述したように外部エフェクトであるYamaha SPXも使われていますが、SPXのリバース・ゲートを実行しエフェクト・プリントされたセリフに対しては、低域と高域をカットするようなEQ処理も施されています。

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小原氏 このEQは、元の方(トラック名「光る」)にはかけずに、SPXで加工した方(トラック名「STFD1」)にだけ実行しています。この場面では、この2つをミックスして出していますが、こうする事で立体感を出す事ができるようになりますね。

EQは、トーンを調整するという目的の他にノイズ処理用としても使用されています。

下記は、熊徹の家の中での会話に対するEQ設定です。

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小原氏 この部屋の場面は、セリフのダイナミクスが幅広くなっていますが、小さな声のセリフ部分では、空調からの低周波のバックグラウンド・ノイズが目立つところがあったので、そういうところはEQでロー・カットしています。これもバイパスでオートメーションをかけて必要なところだけ実行しています。

アンビエンス処理は、それぞれの場面のリアリティーを増すための重要な作業です。
それぞれのセリフは、各トラック毎にアンビエンスを付加する為、センド・バスを使って、複数のAUXトラックに設定されているリバーブ・プラグインであるD-Verbに送られます。

下記はトラック名が「DP」から始まるセリフ本線のトラックですが、トラックによっては複数のセンド・バスが設定され、送り側のオートメーションを利用して、それぞれの場面で異なったアンビエンス処理が実行できるようになっています。

D-Verbが設定されているAUXトラック数は全部で11種類あります。

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小原氏 音声に対するアンビエンスは、全てD-Verbで作っています。映画に登場するロケーション毎に設定していますので、これくらいの数になりますね。設定は細かく変えて、それぞれの場面でのリアリティーを出すようにしています。

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部屋の中での熊徹と九太の会話の場面で実行されているD-Verb設定です。

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ROOM 2プリセットを元に、その場所での広さや響きの感じを考慮してパラメーターが編集されています。

小原氏 木造家屋の中で話してるので、ハイが響きすぎないようD-Verb側のHi-Cutフィルターでリバーブのトーンを調整しています。プリセットのままだとコンクリートの部屋でしゃべっているようになっちゃうので、この処理は大事です。

背景音として流れる「ガヤ」はサラウンド5.0チャンネルで収録されていますが、ここでも整音時にEQ処理が施されています。

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小原氏 ガヤは、サラウンドで録っていますが、場面によっては後ろが要らなかったりするので整理するのが大変でした。2種類のガヤを混ぜて使うときは、一つは普通のEQ設定で、もう一つはEQでハイカットしたものをミックスして使っています。これも臨場感を出したいのと、セリフ本線を邪魔しないよう、具体的に何をしゃべっているかわからなくするという目的もありますね。

下記は、「ガヤ」に加えられたアンビエンス用のD-Verbです。

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このようにして小原さんの作業部屋で編集/整音された音声データは、その他のサウンドの要素である効果音及び音楽とともに、ファイナル・ダブ・ステージに持ち込まれ、完成した映像に対してミキシングされていきます。

ファイナル・ダブ・ミックス 〜 映像とオーディオの融合 〜

全てのサウンドを映像に合わせてミックスしているファイナル・ダブ・ステージは、東宝ポストプロダクションセンターのダビング・ステージで行われました。

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東宝ポストプロダクションセンターのダビング・ステージ

出典: tohostudio.jp

小原さんの担当した音声の他、音響効果用で2台、音楽用で1台、そしてミックス収録(録り)用に1台の合計5台のDAWが使用されていますが、音楽用を除く4台に関しては、スタジオに装備されているPro Tools|HDXで作業されました。

映像再生には、Pro Tools HDXと同期再生可能なVideo Satelliteシステムを使用し、個別での作業の為に、各DAW内にもQuick Timeムービーが取り込まれます。

音声/音楽/効果音を制作したデジタル・オーディオ・ワークステーションは、ダブ・ステージにあるミキシング・コンソールAMS Neve DFC2に立ち上げられます。

Pro Tools内である程度のミックスはされているケースもありますが、多くの素材はマルチ・チャンネルで接続され、音声/音楽/効果音毎に「ステム」と呼ばれるミックス・グループにまとめられ、その「ステム」間のバランスをとる形でミキシング作業が行われていきます。「録り」用レコーダーのPro Tools HDXには、通常の5.1マスター以外に、音声/効果 x 2(SEとフォーリー)/音楽の5.1ステム・ミックスも個別に収録されます。

小原氏 ファイナル・ダブ・ステージは、プリミックスも入れて全部で5日間の作業でした。ダブ・ミックスの時の全体のディレクションは監督が行いますが、自分は音声と音楽のフェーダーを握りました。映画館の場合、観客は色々な位置に座るわけですから、大事なセリフはやはり、どこに座ってもきっちり聞こえるように、L-C-RのCつまりセンターから出すようにしていますが、その辺のバランスは、効果さんとも、話し合いながらやっています。今回、効果の赤澤さんとは初めてのお仕事だったので新鮮でした。”いい音”でしたね〜。

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インタビューの終わりに、小原さんから、これから「音声」のお仕事を目指していく皆様に向けてメッセージとアドバイスを頂きました。

小原氏 技術的な事は勿論ですが、コミュニケーション能力も大事です。

作品にもよるのですが、最近だと監督の役割も多岐に渡っているので、エンジニア側にも専門的な視点から見たディレクション的な意見が求められる場合があります。そういった場合は、録音レベルやノイズがないように気をつけてきちんと録るという技術的なスキル以外に、それぞれのシーンで何が求められているか、そのセリフの背景にはどういったものがあるかなどを意識しながら作業を行っていく必要があります。また、そういった部分を役者さんや監督とコミュニケーションできるようになれば、音声的にも、より良い仕事ができると思います。そういう意味だと、普段からよく本を読んで、文字のセリフから、その背景や感情の動きなどを考えて見る、感じていくような事をやっているととても役に立つと思います。

「バケモノの子」サウンド音響効果編 〜 柴崎 憲治氏/赤澤 勇二氏インタビュー 〜

バケモノの子」の音響効果をメインで担当したのは赤澤 勇二さんは、日本映画の音響効果の第一人者である柴崎 憲治さんが代表を務める音響効果制作会社「アルカブース」の一員です。

バケモノの子」は、これまで以上にアクション・シーンが数多くフィーチャーされた作品でもあり、またよりリアルな空気感がサウンドにも求められていました。その為、音響効果業界トップの実績を誇る「アルカブース」がチームとして音響効果全般を担うことになったのです。

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赤澤 勇二 氏

2010年 アルカブースに入社

音響効果担当作品に、山口義高監督作品「猫侍」、平尾隆之監督作品 「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」(柴崎氏と共同)

小林大介監督作品「青鬼」熊坂出監督作品「人狼ゲーム」

TVドラマ、「失恋ショコラティエ」(フジTV)、「BORDER」(テレビ朝日)
などがある。

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柴崎 憲治 氏

1955年8月10日生まれ 埼玉県出身

アルカブース代表取締役社長、そして日本を代表する音響効果技師。

代表的な担当作品に、周防正行監督作品「Shall we ダンス?」、中田秀夫監督作品「リング」、深作欣二監督作品「バトルロワイアル」、北野武監督作品「OUTRAGE」、三池崇監督作品「13人の刺客」、原田眞人監督作品「クライマーズハイ」、山崎貴監督作品「ALWAYS 三丁目の夕日」、小泉堯史監督作品「蜩ノ記」、押井守監督作品「パトレイバー 首都決戦」他多数ある。

<作品プロフィール

では、早速、お二人にお話を伺っていきましょう。

——— 赤澤さんは、この「バケモノの子」の世界観を、どのように音としてイメージしていったのでしょう?

赤澤氏 細田監督との打ち合わせは絵コンテを中心に行ったのですが、そこで全体のサウンドの方向性や具体的な指示も頂きましたので、それを自分なりに消化し、イメージを膨らませていきました。これだけの大作ですので、最初はプレッシャーもありましたが、柴崎さんが色々とバックアップしてくれたので、それが心強かったですね。この映画の特徴でもあるアクション・シーンの場面では、これまでの経験も生かすこともできました。

——— 「バケモノの子」で対比される2つの世界(渋天街と渋谷)は、音響効果ではどのように表現したのでしょうか?

赤澤氏 渋天街の場面では、馬とか羊とか、本物の渋谷では、まず聞く事のできない音も入れて差別化して欲しいという監督からのリクエストがありましたので、それらの音を、柴崎さんが作ってくれた背景音に足していく形で構築していきました。

——— 柴崎さんが今回担当なさった背景音(バックグラウンド)には、どのようなものがあるのでしょう?

柴崎氏 バックグラウンドというのは、この映画の中で言うと、それぞれの街の雰囲気、スタジアムのガヤ(群衆の声)、裏路地の世界観を表現するサウンドといったものになります。バックグラウンドというのは、ある意味、その映画の下支えをする、空気感やその世界観を作る仕事ですから、非常に面白いですよ。

——— そういった音響効果的なバックグラウンドは、音声側で制作したガヤと、どのタイミングで組み合わされるのでしょうか?

柴崎氏 今回で言えば、スタジアムの場面なんかがそうですが、実際、粒立ちのガヤを録音部さんに録ってもらって、それに対してこちらの下地になるガヤに乗せて、全部馴染ませるという作業があります。それらはファイナル・ミックスの前のプリ・ミックスの段階で行っています。バックグラウンドは、一瞬、完全に音がオフになるような場面もあります。全くの無音状態を作って、次に来る音や場面を予感させるみたいな、これなんかはデジタル時代ならではの演出かもしれないですね。

——— バックグラウンドの音は、サラウンド・ミックスされていますが、収録の段階からサラウンドで収録されているのでしょうか?

柴崎氏 バックグラウンドをサラウンドで収録するのは、下地でアンビエンスとしてある場合は良いですが、粒立ちの要素が必要な時には、コントロールが難しくなるので、ステレオだとか、モノで録って、それを後ろにどれくらい回すとかを考えてコントロールする方がうまく行きますね。

——— バックグラウンド自体でも、2つの世界(渋天街と渋谷)の違いは表現されているのでしょうか?

柴崎氏 渋天街のバックグラウンドに関しては、街の雰囲気に合わせて、目立った機械的な音は排除し、オープン・ノイズ、例えば風の音を薄く入れたりとか、声なども普通の人の声のピッチを下げて言葉として余りはっきりさせないようにしたり、リバーブを少しつけて響きを加えたりしました。そうやって作ったバックグラウンドに、赤澤君の作った効果音、馬とか羊といった、よりその街のキャラクターを明瞭化する為のサウンドを加えていく事で、この渋天街の独特な雰囲気をサウンドで表現しています。ただ、バックグラウンドというのは、それ自体は余り目立ちすぎないように、自然に、空気として聞こえるようにやるというのが大事なポイントです。

——— 渋谷の「街の音」は、非常にリアルだったのですが、ロケなどで収録したものを使ったのでしょうか?

柴崎氏 渋谷には、実際に録りにも行っていますが、実は、そこで録った音はほとんど使っていません。実際に、渋谷に行っていただくとわかると思いますが、色々なところで音楽がなっていますので、どうしてもそれが収録された音にも入ってしまいます。そういった音は著作権上の問題もあり使用できないのです。では、なぜそれでも音を録りに行くかというと、あの渋谷の街というものを知る為なんです。実際に行ってみて音に触れる事で、どういう人たち、若者が動いていて、電車の動きや位置とか、渋谷の駅前で、いったいどういう音が聞こえるのか、そういう空気感を知る事が、リアルな音を作る要素として、とても大切になります。それを体感した上で、フォーリーで足音とかも新たに録って、その街の雰囲気を作って行くんです。

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——— 渋谷の場面では、雑踏に紛れて微かに聞こえる音楽等も非常にリアリティーのある雰囲気を作り出しています。

柴崎氏 ああいうものも著作権に触れないものを新たに足して作っていますね。あとは他の場所で録った音もまぜたりとか、色々と工夫して、渋谷そのものの雰囲気を作るようにしました。

——— アクション・シーンの中で苦労した部分はどういった場面だったのでしょうか?

赤澤氏 やはり格闘シーン、特に刀の場面ですね。フォーリーで録った生音やライブラリーのサウンドをPro Toolsの中で重ねていって、迫力、そしてリアルさを追求するという細田監督の求めるサウンドを作っていきました。

今回のフォーリー収録は、角川大映スタジオで行われました。

Bakemono no Ko

角川大映スタジオのフォーリー・ルーム

出典: kd-st.co.jp

——— フォーリーの収録はどのようなものだったのでしょうか?

赤澤氏 基本、マイクはオン/オフを立て、収録する音によって距離感を変えていきます。アクション系のサウンドには音圧的な迫力も必要になるので、そういった場合は、寄りめで録っていきました。マイクは、AKGとか、三研の新しいマイクC10K等、目的とするサウンドに合わせて色々と使っています。

柴崎氏 フォーリーの時の、マイク・アレンジはとても重要ですね。例えば、激しいアクションの時には、それに適したマイクを選びますし、強い音はダイナミックを使おうかとか、衣擦れが多い時にはそれに合ったマイクやヘッドアンプが必要とか、音響効果の場合は、何にでも同じマイク、同じ設定でというわけにはいきませんので、それぞれのシチュエーションにあった選定/設定が大切になります。

——— 格闘シーン以外のアクション・シーンで苦労した部分は、どのようなものでしょうか?

赤澤氏 格闘シーン以外だと、やはり街中でのアクション・シーンですね。様々な音が鳴っている中でのアクション・シーンで、映像的な動きもありますし、かつ後半では扱う素材の量も多くなっていきますので、音がダンゴ状態にならないよう意識してやりました。

——— 迫力あるサウンドには、特別なノウハウといったものはあるのでしょうか?

赤澤氏 単純に1つの音を使ってボリュームを上げただけでは、レベルだけが行ってしまって、充分な音圧は出ないと思いますので、音域毎の調整が重要になります。EQで調整というのもありますが、それぞれの周波数帯域に特徴のある素材を重ねて行って、広がりと、あと迫力のある効果を出しています。

——— ここでサウンド・エフェクトを付けていく時には、既にセリフも入った状態なのでしょうか?

赤澤氏 セリフは、仮の状態ですが入っていますので、それとのバランスを見ながら効果音を付けていきます。セリフの来る場面等では、マスター・フェーダー側でレベルを下げて調整しています。

柴崎氏 ダイアログというは、映画の中心になりますので、そのバックになる場合は、極端に絞ったりもしますよ。または、センター・スピーカーから出さずに、後ろに逃すといったケースもあります。セリフが聞こえないというのは、見ている側にとっても一番ストレスのたまる状況ですから、そういった事がないようにするのが大事ですね。

Bakemono no Ko - Pro Tools

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格闘シーンでのオートメーション・データ。必要に応じて各トラックでバランスを取りつつ、そのステムのマスタートラックで全体のボリュームもコントロールされています。

——— 今回のファイナル・ダブ・ステージは5日間とお伺いしていますが、それは標準的なものなのでしょうか?

赤澤氏 アニメーション作品としては長い方だと思います。

柴崎氏 2時間近くの作品の場合、1日1ロール大体20〜30分を毎日ミックスする事になります。ファイナル・ダブ・ステージの時は、”これが俺の効果音だ、聴いてくれ〜“なんて気持ちで出しているんじゃなく、あの音圧/音量をズーっと聴きながら、ダイアログや音楽等とのバランスを考えて作品として仕上げていく、そして、そのミックス中は、細かい音まで集中して、それこそ針の音一本聴き逃さないよう集中しているわけですので、朝から作業を始めたら、もう夕方には精神的にも肉体的にも、疲れてきてしまいます。それ以上やっても耳が疲れてくるとバランスとかも取れなくなるわけですよ。2〜3日でやるみたいな話もたまに聞きますが、やはり、良いものを作りたいわけですから、本来はどの作品でも、これくらいの時間は欲しいですね。

——— 音響効果という役割から見ると、やはり音的に盛り上がっていく後半の方が、ファイナル・ミックスも大変だったのでしょうか?

赤澤氏 いえ、ファイナル・ミックスの場合だと、逆に最初の導入部分が一番大変ですね。一巻め(最初のロール)は大体25分なんですが、その作業が一番時間がかかりました。それが終わると、後は比較的スムースに進んでいきました。

柴崎氏 ファイナル・ミックスの作業では、1ロール目の作業で、色々な事が決まりますが、逆に言うと、1ロール目は試行錯誤というか、こちら側も探りながらの作業になるわけです。そこで色々なパターンを試して、監督の意見も確認しながら進め、それによって全体の方針が決まっていきます。後は、そこで決まった方向性に沿ってミックスをしていく形になるので、スムースに運ぶことが多くなりますね。

Bakemono no Ko

ここで赤澤さんに、使用したPro Toolsのセッション・ファイルを見せていただきました。

バケモノの子」のサウンド・エフェクト仕込み用のセッション・ファイル全景です。

Bakemono no Ko - Pro Tools

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黄色の線は、マーカー部分です。

これらのマーカーというのはどういう基準で付けていくのでしょう?

赤澤氏 シーン毎に付けたりもしていますし、また効果音なので足音のある場面等の目印で付けたりもしています。

トラック数の総数は「306」です!

赤澤氏 ダビング時に監督の要望に応えるために新たに作ったトラック等もあるので、全部が鳴っているというわけではないですが、どうしてもこれくらいの規模にはなりますね。

次は同じPro Toolsセッションのミックス・ウインドウです。

Bakemono no Ko - Pro Tools

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SEのカテゴリー毎にステムでまとめられ、プラグイン・エフェクトの多くがAUXトラック側で実行されています。

赤澤氏 効果の場合は、複数のオーディオ・トラックにある素材を組み合わせて1つのサウンドにする事が多いので、エフェクトもAUXに実行する形になります。

このセッションでのPro Tools|HDXカードの仕様状況です。

DSPパワー的には、まだ余裕がありますが、ボイス数(256)は振り切れています。

Bakemono no Ko - Pro Tools

赤澤氏 この仕込み部屋のPro Tools|HDXはカードが1枚なので、ボイス数が足りていませんが、ダビング・ステージで使った東宝スタジオのPro Tools|HDXはカードが2枚搭載されていますので、そちらだとボイス数は512になりますので、このセッションでも問題はなかったですね。

Bakemono no Ko

では、使用したAAXプラグインの方も少し見せていただきましょう。

Bakemono no Ko - Pro Tools

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サラウンドのアンビエンス等で使われたWaves R360 Surround Reverb。リバーブとしては、この他にAvid Revibe IIやAudio Ease Altiverb等も使用されました。

下記は、熊徹の部屋の場面で使われたAltiverbの設定です。

Bakemono no Ko - Pro Tools

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各サウンド・エフェクト・パート毎のサラウンド用リミッターとしては、WavesのL360° Surround Limiterが使用されています。

Bakemono no Ko - Pro Tools

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最後に、赤澤さんにこれからサウンド・デザイナーを目指していく皆様に向けてメッセージを頂きました。

赤澤氏 映画を多く見る事も勿論重要なのですが、やっぱり色々なところへ行って、回りの音も気にするというか、感性を磨いておくことも大切だと思います。なってからは、やはり、最初はアシスタント的な仕事が中心になりますので、とにかく辛抱強くやることですね。

Bakemono no Ko

©2015 THE BOY AND THE BEAST FILM PARTNERS

映画『バケモノの子』ユーザー・ストーリー

インタビュー:赤坂 稔

構成:尾崎 里江

協力:松田 宏(報映産業

協賛:報映産業株式会社

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